「マーケット・デザイン オークションとマッチングの経済学」を読んだので、感想と内容のメモを残しておく。

全参加者にとって利得が最大になるような配分メカニズムをどうデザインするかを
タイトルにもある通りオークションとマッチングの2つの問題について述べている。

以前同著者の行動ゲーム理論入門を読んだことがあるが(メモはこちら)、
第7章の行動メカニズム・デザイン論の部分を
より平易にかつ詳しく述べたのが本書であるという印象を持った。
行動メカニズム・デザイン論とマーケット・デザインも
ともにメカニズム・デザインの現実世界への適用を考える研究分野のようだ。

全体的に平易な言葉で書かれており、
優れたメカニズムとは何かという基本的な考え方や用語について
まる二章分をその説明に割いているので、比較的すんなりと読み進めることができた。
マーケット・デザインの入門書に適した一冊だと思う。

メモ

以下本書の内容を各章ごとに要約している。
著者本人から著作権に関する異議申し立てがあった場合は削除する。

第一章 市場メカニズムと情報の問題

第一章の前半では市場メカニズムについて触れる。
市場メカニズムでは、家計や企業が各自で需要曲線や供給曲線を元に判断して取引することで
効率的な資源配分が実現できる。
つまり市場メカニズムは資源配分上も情報処理上も効率的なメカニズムである。

マーケット・デザインとは、何らかの理由で市場メカニズムが使用できないときに、
市場メカニズムのように各プレーヤーが分権的に意思決定することで
社会的に望ましい結果に自然と導かれていくような方式をデザインすることである。

第一章の後半では、市場メカニズムによって得られる均衡をプレーヤーは見つけることができるのか(均衡の安定性の問題)、
そもそもいつでも存在するものなのか(均衡の存在の問題)について述べている。
結論から言うと、市場で取引される材の間に粗代替性が成り立っていれば、
市場均衡は必ず存在し、かつ安定である。

第二章 戦略的行動と市場 - ゲーム理論による分析

第一章で述べてきた市場メカニズムは完全競争を仮定していたが、
第二章では不完全競争の場合について述べる。
不完全競争のうちの協力ゲームにおいて、
誰と協力すべきかという望ましさの指標として個人合理性とパレート効率性の2つがあり、
その2つを同時に満たしているときその配分はコアであるという。
コアな配分は他のどの配分からもブロックされないため、安定性を満たしていると言える。
市場均衡はコアの部分集合であるが、
参加する経済主体が十分多くなるとコアは市場均衡と完全に一致する(コアの極限定理)。

市場均衡は好ましい性質を持つものだが、耐戦略性を持たない。
耐戦略性、個人合理性、パレート効率性を同時に満たすような方式は存在しないことが
不可能性定理によって証明されている。
マーケット・デザインでは不可能性定理のために理想的な解決ではないものの、
現実問題に対してある程度ワークするようなメカニズムを考える。
そしてこれが理論上ワークする方式を考えるメカニズム・デザインと大きく異なる点である。

不可能性定理という理論的な問題もあるものの、
ダブル・オークションは現実ではうまくワークすることが示されている。

第三章 オークションの基本原理

第三章では単一財でのオークションを取り扱う。

二位価格オークションでは全ての入札者が自分の評価値をそのまま入札することで
配分の効率性と耐戦略性が満たされるが、
オークショニアの不正、情報漏洩、情報収集のコスト、予算制約など様々な理由で
現実ではあまり使用されない。

一位価格、二位価格、競り上げ式などは収益同値定理により
売り手の期待収入はどれも等しいことが示されているが、
実験室実験・フィールド実験では収益同値定理は必ずしも成り立つとは言えない。

第四章 複数財オークションのケーススタディ

第四章では複数財でのオークションを取り扱う。

検索連動型広告はユーザの1回の検索で複数の広告枠をオークションにかけるので
異質材の同時オークションとなる。
異質材の同時オークションにおいて、
全プレーヤーが評価値を正直に入札することが支配戦略になるような方式をVCGメカニズムと呼ぶ。

財が代替材の場合、VCGメカニズムは耐戦略性を持ちコアとなる。
しかしVCGメカニズムが実際に使用されることは少なく、
二位価格オークションが現実で使用されることが少ない理由と重複するものを除けば、
NP困難、架空名義入札が可能であるという問題点があるためである。
実際、周波数オークションではVCGオークションでも二位価格オークションでもなく
同時競り上げ式が使用された。

VCGメカニズムと同時競り上げ方式を実験したところ、
VCGメカニズムでは評価値より低い入札が多く観測された。
耐戦略性は現実ではあまり満たされないのかも?

第五章 マッチング理論の諸問題

2つのグループが互いに相手側に対する希望順位を提出し、
その順位に基づいて双方の組み合わせを効果的におこなう方式を研究する分野を
マッチング理論と呼ぶ。
参加者全員にとってこれ以上希望順位が上の相手と組になれないようなマッチングを効率的、
ある方式の下で決まったマッチングをブロックする提携が生まれないようなマッチングを安定的、
参加者全員にとって自分の選好を正直に提出することが最善になるマッチングを対戦略性を満たすと言う。

受入保留方式(ゲール=シャプレーのアルゴリズム)を用いると効率的かつ安定的、
片方のグループについてのみ耐戦略性を満たすマッチングが可能になる
(不可能性定理によって両方のグループについて耐戦略性を満たす方式は存在しない)。
受入保留方式はカップリングパーティーのような一対一マッチングだけでなく、
研究室配属問題や大学入学問題のような一対多マッチングでも有効である。

研修医マッチングでは実際に受入保留方式が使用されているが、
カップルの存在や選好の地域偏在、スキッピングダウン戦略などの
現実世界の制約条件を克服するために改良を加えることが必要である。

エピローグ

オークション問題とマッチング問題は契約付きマッチングの特殊ケースして扱うことができる。

日本では既に研修医マッチングや学校選択制度でマーケット・デザインの研究成果が使用されている。
また、オークション・マーケットデザイン・フォーラムが2012年に設立され、
制度設計について数々の提案をおこなっている。

理論上は優れた方式であっても現実世界に適用すると制約条件等によりうまくいかないことも多い。
現場の人々の意見を取り入れつつ改良していくという工学的アプローチが必要である。